2013年8月31日土曜日

スバル人の商業活動(2)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:176頁

 第三章 スバル人の商業活動(2)

  メソポタミアの人々は、大ザブ川峡谷の

 ザウィ・マミ遺跡で発見されたように紀元前一万年から銅を使い始めた。

 新石器時代に入る紀元前六千年頃には

 失蝋法による金属成型法が発見され、

 金、銀、鉛、砒素銅の容器を作るなどの工業が始められ、青銅器時代に入る。

 紀元前三千年を過ぎると錫を混ぜた青銅が普及するようになる。

 青銅はシュメルで zabar と総称されるようになったが、

 スバル人が取り扱っていたため、

 そのスバル名が商品名に転化反映したものであろう。

  青銅器の需要が大量に増大すると銅の産地は拡大されただろうが、

 主な生産地はアナトリアで、特にティグリス川の水源地帯、

 現在のダイヤバキル(トルコ語で銅の町)一帯は

 その中心であった。

 この立地がスバル人たちを金属を流通させる商人へと育てたと考えられる。

 ザウィ・チェミ遺跡についての見解で述べたが、

 この地方の羊飼いたちはすでに商人育成の素地を持っていたのである。



 ARPACHIYAH 1976

 『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

  シュメル語・日本語

 《Key Word》
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