2013年8月29日木曜日

スバル人とスバルトゥ(3)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:171頁

 第三章 スバル人とスバルトゥ(3)

  一九八五年発行の山川出版社

 『民族の世界史//アフロアジアの民族と文化』は

 「アッシリアとディヤーラ地方の民族」の項に次のように述べる。

  「アッシリアとはアッシュール市とそれを中心とする

   王国の名に由来する歴史的地名であり、

   かってはスバルトゥがその地方の名称だった。

   アッシリア王国の主人がセム人だったゆえに、

   アッシリアの住人はセム人と思いこみやすいが、

   歴史的には最古の住人はディヤーラ地方同様に

   シュメル人でもセム人でもない、

   おそらく西イラン山地系ないしフルリ人と考えられる。

   楔形文字文書は彼らをシュバリ(スバルトゥ)人と呼んでいる。

   その居住地域はアッシリアやハブール川上流地域で、

   紀元前三千五百年頃以来

   南の地方とは異なる独自の発展を遂げてきたが、

   南の初期王朝期に相当する時期に西からセム人

   おそらくアッカド人がやってきて、

   シュバリ人と融合した結果、

   アッカド語の方言を話す民族の原型が成立した。」



 ARPACHIYAH 1976

 『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 民族の世界史//アフロアジアの民族と文化

 アッシリア

 ハブール川
コメントを投稿