2013年8月6日火曜日

牛頭崇拝とハフリ(3)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:114頁

 第二章 牛頭崇拝とハフリ(3)

 ハフリは「ファファリ」と同根語であると考えられるのである。

  Abre と  habre とも当然関連があると判断でいるが、

 シュメル語の楔形文字の上で関係づけるのは難しい。

 しかし、ハフリが牛の屠殺に担わる者であっても、

 牛に対する崇拝者であったと判断できる。

 そして、牛信仰の故郷が北メソポタミアであることは

 牛頭を掲げた住居跡が多く出土するなどの事情から明らかである。

  北メソポタミアにおける「ハフリ」に関係する地名を

 現在の地名などがから拾ってみる。

  まず第一に

 これまで何回か取り上げたトルコからシリアの東端を流れる

 ハブール( Khabūr )川、

 チグリス川がトルコの西方から来て

 イラクへ入る直前に東方からの流れを吸収して南流を始めるが、

 その合流点にある町がハブル( Habur )、

 それより西方 Midiya との間にイディル Idil とともにあるのが

 ハベルリ Haberli で

 アッシリア時代の碑文で確認されている町である。

 ARPACHIYAH1976



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq).


 まんどぅーかネット

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 アッシリア時代の碑文
コメントを投稿