2013年8月2日金曜日

埋葬儀礼(2)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:102頁

 第二章 埋葬儀礼(2)

 環状の石の配列は炉と考えられており、

 葬送に当り燔祭を行ったことを推測される。

 エリドゥの神殿の供物台の上で供物が焼かれたり、

 湯沸かし器で魚が煮られたことを思い出せば、

 この無土器の新石器時代においては、

 供物を焼くことが調理することであり、

 炉が調理の場であった。

 供物台の元祖であると考えてよいのではないだろうか。

 そうすれば、エリドゥの最古と思われる最下層から

 第四層の神殿建物の外に作られた円形の構造物をは

 火を焚いた炉または窯であったことが推測される。

 一辺三メートルに足らない建物の中で

 供物を調理することはできなかったのである。

 それに続く時代には神殿建物自体が拡大され、

 内部で火を使っても危険が無くなり、

 供物台上で焼いた痕跡が残されることとなったのである。

 柱石状の立体物は祭壇になる以前の神の依代であることが判ってくる。

 あるいは葬送の式礼の中で死んだ者の頭骨を

 その柱(台座)に置いて儀礼を行ったとも考えられる。

 頭骨を胴体から離し、別のところに

 しかも集落の一定箇所に埋葬するのは

 西アジアでの死者を葬送する方法としてよく行われた慣習である。

 パレスティナ、レヴァント、

 そしてアナトリア高原の遺跡で一般化していた方法である。

 頭骨に塗装したり、飾り付けしたものさえ発見されている。

 このような儀礼については、一種の祖先信仰を表しており、

 祖先が死後も残されたものに対して強い影響を及ぼすため、

 祈りや犠牲を捧げることによって、

 鎮めねばならないと信じられていたというのが

 専門家による理解である。

 『参考』

 まんどぅーかネット

 《Key Word》

 エリドゥの神殿

 燔祭
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