2013年8月28日水曜日

スバル人とスバルトゥ(1)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:169頁

 第三章 スバル人とスバルトゥ(1)

  一九六九年に出された岩波書店『世界歴史Ⅰ古代』は

 「アッシリア帝国」の中で次のように述べる。

  「アッシリアの起源は、その名よりはるかに古く始まる。

   近年発見された『アッシリア王名表』によって補ってみると、

   最後の王アッシュール・ウバルリト二世(在位B.C.612-606)まで

   一一七代の王を数えるが、そのうち初めの三十代くらいまでの

   諸王の名は明らかにシュメル名でもセム系のアッシリア名でもない。

   いわゆる古代人によってスバルトゥと呼ばれた

   この地方の原住民の名であり、

   のちにフルリ人と呼ばれたものの名である。

   かれらの由来は明らかでないが、

   少なくとも今日のカウカサス語系に属するものと考えられ、

   後にはフルリ人の国からミタンニ王国が成立することになり、

   その後裔が

   アルメニアの先住ウラルトゥ(ハルディア)人であることことは

   近年ようやく認められるようになった。」



 ARPACHIYAH 1976

 『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 世界歴史Ⅰ古代

 アッシリア王名表

 カウカサス

 ミタンニ王国

 フルリ語

 アルメニア

 ウラルトゥ(ハルディア)人

 ※ウラルトゥ王国

 前9世紀半ばにヴァン湖を中心に形成された古代のアルメニアの国家。

 さまざまな種族の連合国家でした。

 「ウラルトゥ(Urartu)」はアッシリア読みで、

 自称「ビアイニリ(Biainili)」。

 ハルディ神(Haldi)を主神としたので、

 住民たちは「ハルディア人」と自称。

 現在のイラン・イラク・トルコ、

 そしてザカフカス地方に及ぶ地域にまで勢力を伸ばすほど強力になりました。

 首都はトゥシュパ(現在のヴァン市)。

 メヌアシュ王の時代にかつてのヒッタイトの北シリア領を奪取、

 その子アルギシュテシュ1世とサルドゥリシュ2世の時代に最盛期となります。

 アッシリアとは常に敵対し、

 北の騎馬民族と協力関係を保つこともあったようです。

 彼らの文化レベルは高く、

 周辺民族からの影響を受けつつ独自に発展し、大いに繁栄しました。

 しかし、

 北からキンメリア人やスキタイ人、

 南からアッシリアによって攻められ衰退。
 
 前590年頃にメディア王国によって首都トゥシュパは略奪され、滅亡します。

 (参考文献・『世界歴史大系ロシア史1』P5、『角川 世界史辞典』P124、)
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