2013年8月4日日曜日

埋葬儀礼と牛頭(5)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:107頁

 第二章 埋葬儀礼と牛頭(5)

 人間の頭骨が床に置かれるのはこれまでの慣習と変わっていない。
 
 このような状況から推測すると、

 埋葬儀礼に係わる牛頭への崇拝が

 すでに成熟していただろうということが解かる。

 本物の牛頭骨は少なく、塑像が多くなった状況は、

 形式化が始まっていたと判断してもよい。

 また、民家の祠堂で燔祭(はんさい)が行われたとは考えられず、

 儀式のみが祠堂内で行われたと思われる。

 そうすると燔祭はすでに行われなかったのだろうか。

 前世代のチュユヌ遺跡の例でみられたように、

 犠牲祭は集落内の別の聖所で行ったとおもわれる。

 それが神殿である。

 民家の祠堂は納骨堂と考えてよいであろう。

 チャタル・フユク遺跡での神殿の姿を

 まだみることができないのは残念である。

 人々が住宅に入るのは屋根からであった。

 民家の屋根と屋根との間にははしごが掛けられ、

 屋根を伝って行き来した造りになっている。

 地面には中庭はあるものの路地はなく、

 特異な空間である。

 『参考』

 まんどぅーかネット

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 燔祭
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