2013年8月13日火曜日

高床式神殿と「高み」(1)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:130頁

 第二章 高床式神殿と「高み」(1)

  高床式建物に託された宗教的想念には埋葬儀礼を脱却した

 未来志向の新しい信仰心が発揚されていると考えられる。

 階段 galam を昇って至るどころでの「高み」は

 神聖な場所であったことは明らかである。

 Galam を表す楔形文字はまた sukudとも読まれた。

 その意味は「高くする」で、階段を昇って行くことである。

 階段上の聖所は suku ないし sugと 称された。

 高床式建物の構造からすれば、

 このような建物が作られ始めた頃には簡単な仕組みで柱によって

 箱を支えるようなもので、箱中へは人間は入らなかっただろう。

 その聖所に穀物を蓄えることを si-en-gar といい、

 貯蔵する容器を sahar(sakar)、

 穀倉としての建物は gur と称され、

 管理者は sanga で、神殿の司祭ということであったと思われる。

 このような高床式建物は unu と呼ばれる祭式の場で、

 高床式神殿といってもよいであろう。

  建物を建てる技術は、

 洪水神話に語られる「箱船」の建設技術の基礎になっていると

 推測される。

 北メソポタミアの Oihok市 の西方

 (無土器新石器時代のネムルク遺跡付近)チグリス川の近くに

 Allakoの町がある。

 この町名は、

 ギリシャ語のαργω、

 ドイツ語のArche、

 英語のArkと同根と思われる。

 箱を意味する言葉である。

 アッシリア時代ではあるが、

 ペルシャ湾のディルムンと交易する貿易商人をアルクArkと呼んだ。

 「箱」が「商船」の意味に使われたのである。

  「箱船」を表記する町が北イラクのこの地域にあることは重要である。

 また「箱を作る人」は、

 ドイツ語でArchitekt、現在でいう建築技師である。

 箱を備えつけた高床式神殿を建築することは

 貴重な技術革新であったと考えられる。

 ARPACHIYAH1976



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 高床式神殿

 ディルムン

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