2013年8月20日火曜日

カルト人と南メソポタミア(3)


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:150頁

 第二章 カルト人と南メソポタミア(3)

 カルディアの名称は部族名ではあるが、

 その居住した地域名に依るものと考えた方がよさそうである。

  紀元前八世紀の半ば

 新アッシリアの帝王ティグラト・ピレセル三世は

 統治政策として被征服民の集団的強制移住を行い、

 アラム人をエラム方面に

 イスラエル人をアッシリアへ移させたが、

 移住させられた人民の名として

 オロンテス河畔へ移されたカルトゥ人の名がある。

 旧約聖書創世記には

 「カルデア(Chaldaea)のウル」の地名が出てくる。

 ウル、エリドゥなどユーフラテス川の河口に近い地域で

 同河の南岸一帯を当時カルデアと呼んでいたのである。

 旧約聖書には創世記のほかに

 エゼキエル書、ダニエル書、ハバクク書にも

 カルデア人の呼称が出てくる。

 その内容からすると、

 新バビロニアのユダヤ人

 バビロン捕囚の時代及びその後にも

 この地方はカルデアと呼ばれていたといってもよいであろう。

 ARPACHIYAH1976



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 ティグラト・ピレセル三世

 アラム人

 エラム

 オロンテス河畔

 カルトゥ人

 旧約聖書創世記

 カルデア(Chadaea)のウル

 ウル

 エリドゥ

 ユーフラテス川の河口

 エゼキエル書

 ダニエル書

 ハバクク書

 新バビロニア

 バビロン捕囚
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