2013年12月20日金曜日

アーリア人の侵入(6)


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:422頁

 第八章 インド文化と祝祭 

 「アーリア人の侵入」(6)

 この節句からアラーン族に係わる Āran となり、

 一方サンスクリット語の ārya へと変化したと考える。
 
 その意味「神を賛美する」は「神を崇拝する」者、

 「尊敬される」「高貴な」者に対応される。

 紀元前2000年頃、

 この地方にシュメル語が入っていたかどうかでるが、

 当時この地方はシュマシュキ śumaśu-ki と呼ばれていた。

 これはシュメル語の śumaśu と土地を表すとの合成語で

 「太陽神の土地」である。

 シュメル語の文法自体では ki-śumaśu であるが、

 インド・ヨーロッパ語文法の手法では形容的修飾語が先になり、

 複数修飾語が後になる例に即している。

 Ār-e-en の例は ab-re (踏みつける牛) の例のように

 かなり慣用語となっていたとすることができる。

 このシュマシュキ名は

 アーリア人が日種(太陽崇拝者)とする根拠ともなる。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 神社のルーツ

 鳥居のルーツ
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