2013年12月18日水曜日

アーリア人の侵入(3)


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:419頁
 
 第八章 インド文化と祝祭 

 「アーリア人の侵入」(3)

  ところで、現在のイランとアフガニスタンとの

 国境域に当たるシスターナは

 紀元前においてアリアナ Ariana と呼ばれていた。

 アーリア人がインドへ侵入する以前に

 留まっていたとみられる地域である。

 イラン人との国教ともみられた

 ゾロアスター教を始めた開祖もここの出身と言われる。

 アーリア人、イラン人とも共同して居住していたか、

 まだ分離していなかったということであろう。

 アーリア人のインド亜大陸への侵入を

 北のヒンズークシ山脈を越えてとの見解もあるが、

 やはりこの西方のアリアナ、そしてアラコシアを通り

 パンジャブ地方へ出たと考えるのが妥当である。

 アリアナから北方へ移動すべき理由があったのである。

 アリアナからを遡及すれば

 カンダハルから東方へは容易に移動ができる。

 《Key Word》

 ゾロアスター教

 ビンズークシ山脈

 ペルシャ人

 アフガニスタン

 ヘルマンド川

 アラコシア

 パンジャブ地方

 カンダハル

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 神社のルーツ

 鳥居のルーツ
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