2013年12月19日木曜日

アーリア人の侵入(5)


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:421頁

 第八章 インド文化と祝祭 

 「アーリア人の侵入」(5)

  次に大麦についてであるが、

 その主な生産地は西アジア、

 特にイラン西部の高原地帯は古来生産が盛んであった。

 ザクロス山脈の南方エラムに国の首都スーサはシュメル語で

 「大麦の種」 Su-se に依るものであり、

 ペルシャ名はスバル人(グルジア語)によると

 スパルシー sparusi で「種を播く人々」の意味である。

 ペルシャ人の祖地はスーサの南ペルシャ湾岸地方である。

  以上の状況を考慮すると、

 アーリア人の祖地はやはりイラン西部を考えられ、

 そのうちカーシャーン地方、エスハファン市からカーシャーン市の周辺を

 有力地として考える。

 ゲルマン人の祖地を追及した

 Ardestan と Ārān はその最も重要とする地名資料である。

 アルデスタンの Arede- は祭壇の alter と同根である。

 アラーンとはシュメル語に依存する用語で

 「神を賛美する」意味の ār-e-en ないし ār-en を祖語とするものである。

 arede- が祭壇であるのに対する。

 Ār は「誉める」 e は助詞「~を」 en は「神」である。

 《Key Word》

 ザクロス山脈

 エラム

 エラム

 スーサ

 スバル人

 グルジア語

 南ペルシャ湾岸地方

 カーシャーン

 エスハファン市

 ゲルマン人


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 神社のルーツ

 鳥居のルーツ
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