2013年9月13日金曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(4)ミノス-2


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:205頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(4)ミノス-2

  クレタ島の商人たちはエーゲ海地域において、

 ミケーネ文化の勢力が拡張する以前、

 活発な活動を展開していたと考えられる。

 線文字Bの粘土板がペロポンネソス半島のメッセニアの町ピュロスで

 出土していることはもとより、古いポセイドン神殿は各地にあった。

 その代表がアテネから南東の岬スニオンにある

 「ポセイドン神殿」で長きに渡り篤い信仰を集めていた。

 トルコのアナトリアのエーゲ海沿岸にもその勢力の痕跡がみられる。

 ミュシアにクレタ島と同じイディの名を持つ山があることはその代表である。

 ストラボン『地誌』にはトロイ(トロイゼン)ではポセイドンが祭られており、

 ポセイドニア(ポセイドンの町)と呼ばれていたという。

 また、彼等のネットワークはカナン地方にも何らかの形で

 張り巡らされていただろう。

 あの牛頭のリュトン(角杯)がみつかるからである。

 「海の民」よりかなり古い時期で、

 多分ケルト人の交易網に組み入れられ、

 地中海に飛躍してたのであろう。

 勿論ギリシャ人が成立する以前のことである。

 パイアーキア島(クレタ島)の王アルキノオスはいう。

 「パイアーキア人たちにとっては矢や鞏は役立たず、

  檣や櫂や釣合いのよくとれた船に力を注ぎます。

  彼等は点々と白い波が波立っている海を航海するのが好きなのです。」


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 エーゲ海

 ミケーネ文化

 線文字Bの粘土板

 ペロポンネソス半島

 メッセニア

 ピュロス

 ポセイドン神殿

 スニオン岬

 ミュシア

 イディ山

 ストラボン『地誌』

 カナン地方

 リュトン(角杯)

 パイアーキア島
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