2013年9月3日火曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(1)ウガリット-1


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:180頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(1)ウガリット-1

  地中海東岸の商業港として有名な都市の最初の創設者たちについては

 詳しいことは解っておらず、

 カナン人であったとの曖昧な見解が出されているに過ぎない。
 
 しかし、

 有力な創設者としてケルト人がやってきたと推測できる史料がある。

 ラス・シャムラから出土した楔形文字の粘土板の中に

 叙事詩的に書かれた「ケレト伝説」と呼ばれるものである。

 ケレト keret は当然 khald の転訛であるが、

 ジョン・グレイによると

 ケレトは「ウガリットの支配的王家の遠い祖先」であったとし、

 ウガリットが「ケルト」の末裔であることを示唆する。

 伝説によるとこの王は最初「さまざまな理由により七人の妻を失う。」

 この意義は彼が祖地にいられなくなった理由となる。

 彼には後継者がなかったので新しい花嫁を求めた。
 
 彼は睡眠の中で神からのお告げを受け、

 その指示に従い

 軍隊のように彼の全家臣を従えて求婚の旅に出立する。

 七日間の旅の後、ある砦にたどり着き、花嫁を得て

 「七人の息子と八人の嫁」が生まれ、後継者を得たが、

 彼等がウガリットの人民として広まったのであろうと思われる。

 ここに繰り返される「七」の数字は

 星空「ひしゃく」の七星を思い出させる。

 伝説は、王が病気になり、宗教的物語へ展開するが、ここでは触れない。
 
 要点は「ケレト」が

 ウガリットの創世の段階で深くかかわっていたということである。



 ARPACHIYAH 1976

 『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Iraq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

  シュメル語・日本語

 《Key Word》

 ケルト人

 ラス・シャムラ

 ケルト伝説

 ジョン・グレイ
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