2013年11月10日日曜日

(3)ギホン川-3


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:296頁

 第五章 旧約聖書「創世記」:(3)ギホン川-3

  そこで、メソポタミアをクシと呼んだことがあったかであるが、

 Cāsh はメソポタミアを支配した者達の職席的名称であった。

 一方メソポタミアを支配した部族の中には

 カッシー Kassī と呼ばれる者達があった。

 伝説のモーセが人々を率いてエジプトを出たのは

 紀元前十三世紀とみられている。

 その後、彼等はカナアンの地にヘブライ国を建設するが、

 その頃メソポタミアでは東北方面から侵入して来た

 カッシー人が王朝 Kassito を築いて支配していた。

 彼等は紀元前一六五〇年頃から南メソポタミア侵入を始め、

 一四〇〇年頃には王国を形成し一一五〇年頃間で存続した。

 この時代的背景を考慮すると、

 ヘブライ人達はこのカッシー人達の名に因んで

 メソポタミアをクシと呼んだのではないかと考えられる。

 カッシートはギリシャ語で κασιτικούς といわれ、

 フルリ人の活動した東メソポタミアのヌジ遺跡の文書には

 彼等を kuśśu と記している。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Iraq)

 ハラフ期の土器につ い て

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

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