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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:296頁
第五章 旧約聖書「創世記」:(3)ギホン川-3
そこで、メソポタミアをクシと呼んだことがあったかであるが、
Cāsh はメソポタミアを支配した者達の職席的名称であった。
一方メソポタミアを支配した部族の中には
カッシー Kassī と呼ばれる者達があった。
伝説のモーセが人々を率いてエジプトを出たのは
紀元前十三世紀とみられている。
その後、彼等はカナアンの地にヘブライ国を建設するが、
その頃メソポタミアでは東北方面から侵入して来た
カッシー人が王朝 Kassito を築いて支配していた。
彼等は紀元前一六五〇年頃から南メソポタミア侵入を始め、
一四〇〇年頃には王国を形成し一一五〇年頃間で存続した。
この時代的背景を考慮すると、
ヘブライ人達はこのカッシー人達の名に因んで
メソポタミアをクシと呼んだのではないかと考えられる。
カッシートはギリシャ語で κασιτικούς といわれ、
フルリ人の活動した東メソポタミアのヌジ遺跡の文書には
彼等を kuśśu と記している。
ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
『参考』
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器につ い て
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
《Key Word》
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