2014年5月29日木曜日

八溝山:薬師信仰の山(3)


 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:637頁

 第十一章 日本に祀られたインドの神々

 八溝山:薬師信仰の山(3) 

 八溝嶺神社の祭神は現在大己貴の命、事代主命となっている。

 この地方の多くの神社が日本武尊の行状に結びつけて

 その由来を明らかにしようとしているが、

 突き詰めれば、それらの物語は伝説に近く、

 史実とみられるものは少ない。

 その主旨は神社の信仰の本質が何であったかさえ

 解からなくされているということである。

 以下の解説は日本武尊によって塗装され隠された深層を開示し、

 その存在理由を明らかにするものである。

 八溝嶺神社の信仰圏は史料によると、

 白河郡の北郷86村、南郷58村、久慈郡42村、那須郡260村に

 及んでいたという。

  久慈郡大子町の八溝山から流れ出す

 八溝川の流域の上流から上野宮、中野宮、下野宮に

 それぞれ近津神社が鎮座しており、

 八溝山が近津神社と深い係わりがあることを示す。

 また福島県の白河郡には

 同山の脇を固めるように多くの近津神社が鎮座する。

 《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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