2014年2月14日金曜日

神農の世界(3)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:504頁

 第九章 中国の祝祭と皇帝

 神農の世界(3)

  神農氏が起ったとされる烈山とは、

 四川省の東端とその東の湖北省の省境にある巫山の地、

 大神農架のことである。

 四川省内の地方名が現在万県で万県市や巫山市がある。
 
 この万は本紀のいう厲山の略字で、

 やはりここが神農氏の発祥の地であることを示す。

 既に述べたように三皇本紀が史記に補われたのは

 漢時代ではなく七世紀の唐の時代である。

 しかし、坐山に神農信仰が生まれたのはそれより古く

 紀元前のうちと考えられる。

  この大神農架周辺の山名・地名をみるとき、

 極めて注目すべき事情がそこに見えてくる。

 大神農架から北西へ伸びた

 四川・湖北・陜西の省境の山脈を大巴山というが、

 これはサンスクリット語の Dava (燃焼・炎) で」あり、

 炎帝といわれる名称に対応する。

 その延長の米命山は Meru 山である。 

 そして湖北省内漢水の流れの南を走る

 武当山は putra(太陽・燃) の転訛である。

 これらの山名から解かることは、

 大神農が

 インドのヒンドゥー教の神シヴァ神であるということで、

 大巴はまた deva でシヴァ神の称「架」とは

 同神がデーヴィ女神と共に住む

 カイラーサ Kailasa 山の略であり、

 坐山市の西方にある古い城址白帝城名の起りも

 第八章インドの神々で紹介したシヴァ神の白に因むものだろう。

  湖北省の西端、坐山の地方名思施は

 「百草を誉めて始めて医薬」を決めたという

 サンスクリット語の薬草 osadahi に由来する地名である。


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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