2013年10月1日火曜日

ウラルトゥ-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:242頁

 第四章 ウラルトゥ-5

  ウラルトゥ Urartu の名称は新アッシリアの

 サルマナッサル三世の宮殿跡を「バラクトの丘」で発掘した際

 見つかった粘土板の楔形文字史料のなかで、

 「アッシリアに敵対する国」として言及されたのを初出とする。

 因ってその呼称はアッシリア名であることが知られる。

 彼等自身は、

 その地方をウラルトゥ語でビィアイニリと呼んでいた。

 Urartu の字義については諸説あるが、

 ハブールのウリにハルディ神の主神殿があったことと、

 その所をアルディニと呼んだことを考慮すると

 「ウル Ur の artu」と解釈することができる。

 Artu と ardi(-ni) は同根語と考えられるし、

 南メソポタミアの都市名エリドゥ Eridu と近似している。

 エリドゥ市名の検討に当たってサンスクリット語の

 「登ること」の ā-rudhi などを参照したが、

 塔を備えた神殿が多く建造されたことを考え合わせると、

 高床式神殿の「高み」と係わりがある。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 前3000~1000
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