2013年10月1日火曜日

ウラルトゥ-7


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:244頁

 第四章 ウラルトゥ-7

 紀元前六一二年に

 さすがに強盛を誉ったアッシリアも

 南方バビロニアのカルディア人の圧力や

 東方ザクロス山脈のメディアの支配すると、

 ウラルトゥの地はメディアの支配するところとなった。

 チグリス川を挟んだ峡谷の地シュブリアも

 いつしかその名称が消えていってしまった。

 その後には

 インド・ヨーロッパ系のアルメリア人が国を誕生させることとなる。

 カルト人は、また北方へ向かって移動を進めたと思われる。

  ハルディ語ともいわれたウラルトゥが

 フルリ人の言語を母体にしていたことを述べたが、

 現在のグルジア語と関連があり、双方とも膠着語の特質を持っている。

  先に述べたが、ハルディは khardi であることを再確認しておきたい。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 カルディア人
 カルデア(Chaldea, Chaldæa、ギリシア語の Χαλδαία, Chaldaia

 アルメリア人
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