2013年10月12日土曜日

ゲルマン-1


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:264頁

 第四章 ゲルマン-1

  ゲルマン German が

 シュメル語の階段を表す galm を語幹とする galm-an が祖語で

 「野牛の階段」 「野牛の角」 を意味していろとは既に述べた。

  「ガリア戦記」はベルガエ人の北にはレーヌス河、

 現在のドイツ名ライン河の北方にゲルマニー Germani 人がいることを記す。

 そのなかにあって主要で強力な部族はスエービー Suebi と称する。

 エルベ河からヴィンシュトラ河の広大な地域を支配していた一族であった。

 北海に流れ入るエルベ河の下流地域にニーデル・ザクセン地方はかって

 サクソニア、ゲルマン神話にサクスランドとして登場する。

 また北方デンマーク領内フュン島及びその島内の町

 オーデンセ Odense もゲルマン神話に登場する。

 谷口幸男の「エッダとサガ」に紹介されている

 「ヘイムスクリンガラ」はゲルマンの開闢神話であるが、

 その第二章の一部を転載する。
   

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 ハラフ期の土器につ い て
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 《Key Word》

 ゲルマンの開闢神話:時間

 ライン河

 エルベ河

 ニーデル・ザクセン

 谷口幸男

 サガ

 古エッダ

 スノッリのエッダ



 
ガリア戦記

 ガリア概説[編集]

 1節[編集]
 ガリアの情勢
 Gallia est omnis divisa in partes tres,
 ガリアは全体で三つの部分に分けられており、
 quarum unam incolunt Belgae, aliam Aquitani,
 それらの一つにはベルガエ族が住み、別の一つにはアクィーターニー族が住み、
 tertiam qui ipsorum lingua Celtae, nostra Galli appellantur.
 三つ目には、彼ら自身の言葉で「ケルタエ人」、
 私たちの言葉では「ガリア人」と呼ばれている者たちが住む。
 Hi omnes lingua, institutis, legibus inter se differunt.
 これらすべての者たちは、言葉・風習・法律において互いに異なっている。
 Gallos ab Aquitanis Garumna flumen, a Belgis Matrona et Sequana dividit.
 ガリア人を、ガルンナ川(現ガロンヌ川)が
 アクィーターニー族から、マートロナ川(セーヌ川支流)と
 セークァナ川(現セーヌ川)がベルガエ族から、分け隔てている。
 ベルガエ族
 Horum omnium fortissimi sunt Belgae,
 これらすべての者のうちで最も屈強なのはベルガエ族であるが、
 propterea quod a cultu atque humanitate provinciae longissime absunt,
 それというのも(彼らが)ローマ属州の(外面的)洗練さや(内面的)人間性から
 最も遠く離れているからであり、
 minimeque ad eos mercatores saepe commeant atque ea quae
 ad effeminandos  animos pertinent important,
 彼らのところへは、彼らの心を軟弱にする類いのものを持ち込む商人たちが
 滅多に行き来しないからであり、
 proximique sunt Germanis, qui trans Rhenum incolunt,
 quibuscum ontinenter bellum gerunt.
 かつ近隣にはレーヌス川(現ライン川)の向こうに住むゲルマン人がいて、
 彼らと絶え間なく戦争を行なっているからである。
 ヘルウェーティイー族
 Qua de causa Helvetii quoque reliquos Gallos virtute praecedunt,
 このような理由からヘルウェーティイー族もまた
 残りのガリア人に武勇でまさっているが、
 quod fere cotidianis proeliis cum Germanis contendunt,
 というのは(彼らは)ほとんど毎日の戦闘をゲルマン人と戦っており、
 cum aut suis finibus eos prohibent aut ipsi in eorum finibus
 bellum gerunt.
 彼らの領土からゲルマン人たちを遠ざけるか、
 または彼ら自身がゲルマン人の領土で戦争を行なっているがゆえである。
 ガリアの地理区分[編集]
 Eorum una, pars, quam Gallos obtinere dictum est,
 それらの一つ、ガリア人が定住すると言われている部分は、
 initium capit a flumine Rhodano, continetur Garumna flumine,
  Oceano, finibus Belgarum,
 始まりはロダヌス川(現ローヌ川)に取り、
 ガルンナ川(現ガロンヌ川)・大洋(大西洋)・
 ベルガエ族の領土で囲まれており、
 attingit etiam ab Sequanis et Helvetiis flumen Rhenum,
 vergit ad septentriones.
 セークァーニー族とヘルウェティー族から
 さらにレーヌス川(現ライン川)に接していて、
 (ローマ属州から見て)北方に位置している。
 Belgae ab extremis Galliae finibus oriuntur,
  pertinent ad inferiorem partem fluminis Rheni,
 ベルガエ族(の邦)はガリア人の領土の最も外縁から始まり、
 レーヌス川(現ライン川)の下流部分へ及び、
 spectant in septentrionem et orientem solem.
 (ローマ属州から見て)北東に面している。
 Aquitania a Garumna flumine ad Pyrenaeos montes et eam partem
  Oceani quae est ad Hispaniam pertinet;
 アクィーターニアはガルンナ川(現ガロンヌ川)から
 ピュレーネー(ピレネー)山脈へ、
 そしてヒスパーニア(現スペイン)に至る大洋の部分に及んでおり、
 spectat inter occasum solis et septentriones.
 西と北の中間に面している。
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