2013年10月17日木曜日

ゲルマン-11


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:274頁

 第四章 ゲルマン-11

  バビロニアにカッシート王朝を築いた人々には

 ザクロス山脈にいた種族ではなく、

 さらに北方から次第にのろのろと

 移動を続けた人々との事実が明らかになっている。

 それより古くから定住していたアラーン人の祖族は

 紀元前一九世紀頃からカッシート人に圧迫されて

 ザクロス山脈の東側を北上し、北メソポタミアへ侵入し

 ミタンニ国を建てる原動力となり、

 東方の草原に出た部族はアリアナに辿り着き、

 そこに残留した人々はイラン人となり、

 さらに東方へとヒンズークシ山脈の南をパンジャブ地方へ出た人々が

 アーリア人となったのである。

 サンスクリット語のアーリアは「高貴な、高徳な」を表す。

 本来 Āŗān と関係する用語ではあるがまた「高み」の意味があり、

 「高み」である altar (祭壇)、アルデスタンとも通じる。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 
『参考』
 
 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 ハラフ期の土器につ い て

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

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