2012年5月9日水曜日

得られた答の総括の仕方



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録28:3頁


 『得られた答の総括の仕方
 「得られた答の総括の仕方

 次は説明をよく理解してもらうには、

 どうすればいいか?を視点にして、

 <スサノオの尊>を総括してみよう。

 この名乗りに該当する人物は少数ではないから、

 順序が狂うとそれだけで混乱してわからなくなってしまう。

 時代順がしっかりしていると、

 記憶が明確になるから、

 その点から注意して整理して行くことが大切である。

 「スサの王」

 今のイラクを流れるチグリスとユーフラテスの両大河周辺に発達した

 都市国家群の地図からまずご覧いただこう。

 右下にあるウンマとラガシュは、

 その2大河流域の最下流、

 最も肥沃な地域をシュメル語

 「グ・エディン=平野の頸(くび)」と呼んでいた。

 聖書の「エデンの園」である。

 当然のことながらこの2都市国家は、

 巨額の財源になるその土地の領有権を主張して

 紀元前2600年と2500年前後に大戦を戦っている。

 後の戦いの時の<ウンマ>の王(エンシ)は <ウシュ>と呼ばれていた。

 <ウマ>・<馬>と<ウシ>・<牛>。

 また<ウシュ>・<御主>

 (後世まで沖縄で使われていた王を指す代名詞)という

 日本語と共通していることに注意がいる。

 なぜなら今も生きている、

 天子とエンシ、

 スメラギとスメラ王(ギ)=シュメル王や、

 ヤマトバルとヤマト・

 スサとスサノオといった古代地名や、

 アラハト・荒畑、

 ヤマニ・山根、

 サダム・定などといった

 共通名が多数あるからである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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