ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2012年5月16日水曜日
古式大嘗祭と一致するバビロニヤ王の即位儀礼
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録28:12頁
また、
バビロニヤの王は古来、毎年、年頭に厳粛な儀式を行なった。
それは王衣を脱いで 神の前にひれ伏し、
改めて遵法を誓った後、衣冠をっけて、
王位に復してから儀式にはいる独特の復活儀礼で、
それを毎年繰り返した。
これは我が国で毎年行なわれた古式の大嘗祭で神前に高く真床が敷かれ、
天皇は位冠を全て脱いで、
板枕をして真床に横たわり、
追衾(おうふすま)を被って物忌みの後、
改めて現(あき)っ神として起き出られてから、
冤服(べんぷく)をつけて高御座(みくら)に登り、
百官の拝謁を受けられた儀式と、
その信仰も形式もまったく同じである。
この世界にも希な表現方式をもつ2つの儀式が、
思想と信仰の一致で、
天皇が<シュメル文明>の後継者であり、
そこに強力な都市国家<スサ>が実在したのだから
<スサノオ>とは<スサの王>だった史実を、
物(もの)の見事に幾重にも立証しているのである。
「地図:シュメル人の都市国家」
「チグリス川(エラム)」
アッカード・ウンマ・スサ・ラガッシュ・ヤマトバル
「<ユーフラテス川(バビロニア)」
キシュ・バビロン・イシン・ウルク・ラルサ・ウル・エリドゥ
『古式大嘗祭と一致するバビロニヤ王の即位儀礼』
「古式大嘗祭と一致するバビロニヤ王の即位儀礼」
『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』
『言語復原史学会:画像』
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