2012年5月25日金曜日

8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録29:3頁

 『8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来
 「8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来

 地球上で発見された最古の大集落は、

 ヨルダンのイェリコ(ジェリコ)遺跡であり、

 それに次ぐのが北イラク(メソポタミヤ)のジャルモ遺跡である。

 これらの遺跡は放射性炭素の測定値で、

 8000年から6000年前の新石器時代のものだと判ったが、

 イェリコ遺跡の家具は、

 煉瓦を積んで石膏で塗装してあって現代建築を思わせるし、

 町の周囲を大石を積んだ石壁で囲み城塞としても完成している。

 この時代に次ぐハッスーナ期には彩文土器が出土するが、

 家屋は藁などの<スサ>を入れた土壁である。

 日本語の<スサ>が地名の<スサ>から来ている証拠で、

 スサノオが「スサの王」である傍証だ。

 我が国では1万年前に世界一古い装飾土器が出土する。

 人口が殖え天災や侵略が相次ぐと人々は移住を余儀なくされた。

 アジアの東西はジェット機で1日ていどの距離で、

 モンスーンなどの風に乗れば帆船はペルシャ湾からインドヘ数日で着き、

 インドから日本列島まで1と月とはかからない。

 事実、日本列島で欧州と酷似した新石器が見つかる。

 温暖な西日本にオリエントから1人の移住者も無かったと考えるほうがおかしい。

 私たちはすでに3000年前の宝貝産業遺物を豊富にもち、

 <殷>とカリエン=カルデアンの史実を復元し終わっているが、

 人々の移住も往来も、もっと古くから頻繁で濃厚だったのである。

 下図(私(加治木義博)者カラーブックス『日本人のルーツP14・15』から引用)もその1証である。

 8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来

 『参考』
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 『言語復原史学会:画像』 
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