ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2012年5月18日金曜日
謎の36度線レイラインとスメラギの真相
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録28:16頁
『謎の36度線レイラインとスメラギの真相』
「謎の36度線レイラインとスメラギの真相」
沖縄の人たちは、
<鹿児島人>を<倭人>と区別して<ヤマトンチュウ>と呼んだのであって、
それはイコール<薩摩人>ということであった。
その実体は太陽神<シャマシュ>を崇める都市国家<ヤマトバルの国民>だったのである。
それは唐代には『日本国』を名乗っていた。
しかしそれは今から4000年前に実在していた
シュメル文明を継承した名前だった。
それは茨城県地域が<日立の国>と呼ばれて、
殷商帝国からみれば「日の本(もと)つ国」だったのである。
稲敷と殷の都とを結ぶ北緯36度線の謎のレイラインは、
シュメル文明を持って来た人たちが計測したものだったのである。
スメラギという代名詞は、
殷商帝国が生まれる以前に我が国で生まれた日本語である。
それは<スメラ+吾(あぎ)君>=<我が君・天皇>=<スメラギ>
2語の混血だからである。
同じことは<スサノオの名>でも見られる。
<スサ+の王・男>=<スサノオ>だ。
これで<スサノオの幾人>かは、
今から4000年前の実在者だったことが理解できたと思う。
ただしそれは向こうでの呼び名=人称代名詞であって、
我が国の出雲とは無関係である。
共通点は彼が天国(エデン)を追われて、
野蛮人の住む下界に降(くだ)って来て、
<琉球>という「竜」を退治て、
さらに東の太陽神・<シヤマシュの国>・<薩摩>にまで着いたことである。
しかしそこに
出雲の語源・ポセイドン人がやって来たのは、
それから千年以上も後のことなのだ。
『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』
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