2012年5月21日月曜日

桃太郎が記録している邪馬壹国の人種構成



『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録28:24頁

桃太郎が記録している邪馬壹国の人種構成
桃太郎が記録している邪馬壹国の人種構成

ここまで判ると『記・紀』の記事だけでなく、

寓話やお伽話からも「歴史」が読み取れる。

「殷」は「イン」で、

南九州語では「犬」のことである。

「新バビロニヤ」の王名は建国者が「ナボポラッサル」

最盛期の王は「ネプカドネザル」、どちらも「<サル>=猿」。

その前には北方の「アッカド」の王「サルゴン」もいる。

またアラブの王は「サルタン」と呼ばれる。

これに当て字すると「猿田ン彦」である。

「霧島」は御存知の通り「ギリシャ」への当て字だったが、

本来の南九州語は<ラ>行を<ダ>行か<ザ>行に変え、

<リンゴ>は<ジンゴ>、

<リス>は<ジス>、

<クリ>は<クジ>(『日向風土記』)と発音したから、

<霧>は<キジ>で、<ギリシャ人>を指すと、

(加治木義博)著『日本誕生の秘密…』(徳間書店刊)でも説明した。

犬・猿・雉子(キジ)が供をするのは桃太郎である。

これでその供が何者だったかが明瞭に判る。

それを率いた桃太郎は「百(もも)」=「百済(ポセイ)」以外にない。

これは<ハセ>=<長谷>で種子島の太郎が、

出水(イゾン)=イドン人=委奴の(イドン)=<イヌ>。

<高麗人>=<サル>と、

<霧島のギリシャ人>らを味方にして、

<オニ>=<倭人>を攻めた「歴史」が、

お伽話に見えるもので、

明らかに南九州での戦いであり、

それに該当するものは

「位宮」と「壹與」による「卑弥呼政権攻め」、5~6頁.で

お話しした「武埴安彦の乱」の裏返しで、

「邪馬壹国」が誕生した史実の童話化であることは動かない。

『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』 
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