2014年4月26日土曜日

相模:ドゥルガー・プージャーの里(5)


 『Yahoo!天気・災害』
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:593頁

 第十一章 日本に祀られたインドの神々

 相模:ドゥルガー・プージャーの里(5)

  相模はそれだけではない。

 祝祭の里でもあるのである。

 茅ヶ崎市の西に伊勢原市があって、

 そこに大山阿不利神社が鎮座している。

 大山信仰の地である。

 大山の山頂に本宮を持つ同社は大山祇神が主神で、

 同神の名称による山名であることが解かる。

 創祀を崇神天皇の時との伝承を持つ古社で、

 延喜式神名帳にも記載されている。

 その神社をなぜ阿不利と称するのであろうか。

 その理由は「アフリ」は

 「ハフリ祝」の転訛したものであることによる。

 長い間大山は雨降山として

 関東一円に根強い信仰を保持してきた。

 アフリの誕生はそれ以前の古い時代の事情による。

 第一章において

 「祝」名の強く印象づけられている神社として

 長野県の諏訪神社と

 愛媛県大三島の大山祇神社であることを紹介した。

 後者の祭神は大山祇神で阿不利神社と同じである。

 ハフリがなぜアフリになったかとの発音上の問題は、

 ギリシャの神詩を語るホメロス Homeros (語義が神詩である)名が

 小アジアのイオニア訛りで Omeros と訓じられたのと同じ事情による。

 沖縄の神歌をオモロというが、

 これも同じ理由で神を賛美することを語義とする

 「褒める」が祖語である。

 「祝う」、「言寿(ことほ)ぐ」、「言祝」、「祝詞」が本義である。

 なぜそのような事態がここに起ったかについては、

 大山のすぐ東北、

 現在の厚木市の地に証のような言語的性格を持った勢力が

 進出してきたからとのみここでは説明するに留めておきたい。

 阿夫利神社の下宮のある大山の隣りに子易(こやす)地区があるが、

 これはジエでサンスクリット語の jiya で

 「犠牲」、「神または祖霊に供物を捧げること」を意味する。

 《Key Word》

 大山阿不利神社
 大山阿不利神社

 大山祇神社
 大山祇神社

 《参考》

 前人未到の道を行く - 邪馬台国・奇跡の解法 - Gooブログ
 古代史獺祭

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 

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