2014年4月21日月曜日

セレスと青龍(5)


 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:587頁

 第十章 天毒とセリカ

 セレスと青龍(5)

  セレスとは絹を扱う商人達ではあるが、

 その生産地の人々をいうものと

 ラテン語、ギリシャ語では

 理解されているので、

 四川盆地辺りの人々ということになる。

 第九章でみたように紀元前2世紀頃の

 蜀の主要民族は「和夷」であった。

 そして彼等の「蚕」の神として崇拝されたのは

 「天斐氏」の青衣神、西王母の乗物となる「青龍」であった。

 特に蜀が「青龍」の地となっていたことは、

 「青龍」の地名龍門山、龍泉山の山名などにより

 理解ができることを第九章で述べた。

 つまり、セレス seris は、

 青龍 ching-lung の転訛と考えられるのである。

 倭族の後裔である日本語訓よみでは、

 これを sei-ryu といい、より seris に近い。

 ストラボンはセレスは紅毛で碧眼であった

 と記述しているところみると、

 絹を取り扱っていたのは、単に和族だけでなかったことが窺われる。

 月氏(ユダヤ人)は紅毛碧眼の民といえないだろうが、

 生産と流通に他の複数の種族が係わっていた表われであろう。

  紀元前2世紀になっても東方の絹の生産地について

 ローマでは詳しいことを解っていなかった。

 当時マケドニアの商人マエスが陸路「絹の国」へいったという。

 彼はそこをセリカと言ったが、 
 
 そこに十五の町があり、

 首都をセラ Sera と言ったという。

 この Sera も青龍を原語とするとみられる。

 セレスは青龍の転訛と考えられるのである。

 《参考》

 ストラボン

 (ギリシア語: Στράβων / Strábôn、ラテン語: Strabo, 

  紀元前63年頃 - 23年頃)は

 古代ローマ時代のギリシア系の地理学者・歴史家・哲学者。

 全17巻から成るギリシャ語で書かれた

 『地理書(英語版)』

 (または地理誌、Γεωγραφικά, Geōgraphiká)で知られる。

 この大著は、

 当時の古代ローマの人々の地理観・歴史観を知る上で

 重要な書物となっている。

 『参考』

 前人未到の道を行く - 邪馬台国・奇跡の解法 - Gooブログ
 古代史獺祭

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 
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