2012年10月1日月曜日

我が国の「神」はウバイド以来の「恩恵者の霊」



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録33:17頁

 《我が国の「神」はウバイド以来の「恩恵者の霊」
 「我が国の「神」はウバイド以来の「恩恵者の霊」

 それよりも、さらに重要なのは、

 この神御子と上皇子という日本語への翻訳名が、

 皇室の信仰の実態を教え、

 かつ「我が国の神とは何か」を証言していることである。

 なぜなら

 「神(かみ・神道)=上(かみ)=上(うえ)=上(うわ)=優婆畏(うわい)=

  仏教徒=倭人(ウワイト)=大和人(ウワヒト)=(ウバイド)」

 という公式が成立するから、

 天皇を「お(カミ)」と呼び、

 神(現人神・あらひとがみ)とするのは、単なる信仰ではなく、

 本来は死せる天皇を「カミ」と呼び、

 「神と当て字して表現したもの」だったのであって、

 決して天皇自身の過剰な自意識や、

 臣下の追従(ついしょう)(お世辞(せじ))の

 産物でもないということである。

 その神の性格は、

 天皇が1人ではなく複数であるように「多神教」なのであって、

 他の一神教の神のように単一の存在ではなく、

 様々な性格をもった個性豊な神々なのだ。

 もうお判りのように、

 それは死せる霊であり、仏教の「仏」でもある。

 こう解るとそれはウバイド人が祭った神々が、

 水神や天神など様々な性質をもつことが連想にのぼる。

 それはエジプトやギリシャやインドの神々の特徴でもあり、

 北欧の神々もまた、同じ性格を備えている。

 それは私たちと隔絶した、異様な存在ではなく、

 さまぎまな能力で人間を助けてきた、

 恩人たちの霊、いや牛や猫や鳥の霊までも祭る、

 倫理的な感謝報恩の表現なのである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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