2012年10月27日土曜日

『神代巻』は『書紀』が創作して『古事記』が改作



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録34:20頁

 《『神代巻』は『書紀』が創作して『古事記』が改作
 「『神代巻』は『書紀』が創作して『古事記』が改作

 この確認で判明したことは、

 1 稗田阿礼が「読み習った」のは、

 2 『日本書紀』に使われた、

 3 「文字記録」だったこと。

 4 それにはすでに「埿土煮」と当て字してあったこと。

 5 稗田阿礼はそれを「ウ・ヒジ・ニ」と記憶していたこと。

 6 しかし本当はパーリ語で「ドゥルドハルシャ」と読むように「埿土煮」と書いてあったのだ。

 7 埿土煮を「フトニ」と読み損なったのは稗田阿礼ではない。

 8 孝霊天皇の名を「フトニ」と書いた人物である。

 9 彼はそれが『古事記』の神名の「ウヒジニ」だとは知らない。

 10 それは神の名としてではなく、天皇名として書かれていたからだ。

 11 彼はその文字が良くないと考えて、綺麗な文字の「太瓊」に書き換えた。

   『日本書紀』の天皇たちは皆、好い字を選んで書き換えてあるから、

 12 彼は『日本書紀』の筆者の一人である。

 13 ところが、悪い字の「埿土煮」が生き残った。それは天皇名ではなく神名としてだ。

 14 それを稗田阿礼が「ウヒジニ」と読み損なったのだから、『神代紀』についても、

   『日本書紀』の記事の方が、『古事記』より先にあったことが確認できる。

 15 ところが『古事記』も『日本書紀』と同じ発音で「賦斗邇・フトニ」と書いている。

 16 これで「神代」は『日本書紀』の記事の筆者が創作して、

   それを『古事記』が真似て改作したものだと証明できた。

   在来は『古事記』の方が先で、天地開闢の神が異なるのも、

   『古事記』の方が正しいとする人が多かったが、

 17 『古事記』が筆頭に掲げた「天の御中主」は、

   『日本書紀』に反発、対抗して書き加えたものだったと、はっきり断定できたのである。

 以上で、在来の『記・紀』の「読み方」が間違っていたことが、

 よく解りいただけたと思う。

 それはパーリ語の存在など、考えもしていない。

 それが本書でこれからお話しする。

 日本の建国史の真相を、まるで見えなくしていたのである。

 「読み方」など、少々間違っていても大したことはない、

 思われ勝ちであるが、

 私たちの祖国の歴史、

 ことに建国史には絶対許されない罪だと言っていい。

 この章をながながとお話ししたのはそのためでもある。

 あとは簡単に説明しよう。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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