2012年10月12日金曜日

神道の歴史。ウバイドから神道まで



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録33:28頁

 《神道の歴史。ウバイドから神道まで
 「神道の歴史。ウバイドから神道まで

 では、『神道』とは何なのか?。

 答えは簡単である。

 それはウバイドそのものでなければならないから

 『倭道(ウワイドウ)』だったのであり、

 当て字を換えれば『上(ウワ)道』である。

 この「上」の字を「カミ・カン」と読んだ者があり、

 それに「神」の字を当てた者があったので『神(カミ)道』になり、

 それをまた「シントウ」と読み換えたために、

 今『神道(シントウ)』と呼ぶものが出来上ってしまったのである。

 この「シン」の名は、新羅王・金春秋だった天智天皇が、

 新羅(シンラ)=神国(シンラ)の国号に結びつけて、その支配力を、

 より強めようとした名残りだとみると、

 その天皇家との結びつきと、

 訂正されずに、

 そのまま定着した理由が納得できる。

 これが単なるミスの重なりの産物だったのなら、

 必ず本来の名『倭道』に復元したはずで、

 絶大な強権の介入がなければ定着するはずがない。

 また、

 道をドウでなく「トウ」と清音で発音することも、

 その発生が半島語に支配されたこと。

 神官や巫女の式服も白衣(シラギ)で新羅伝統の色であり。

 巫女の袴が真っ赤なのも列島では見られない半島風であって、

 この推理を強く裏付けているが、

 韓国の名門『金』家伝来の金春秋=天智天皇像

 (私(加治木義博)著『虚構の大化改新と日本政権誕生』p245)は、

 明かに神官風であって僧侶や仏像風ではない。

 しかし今、慶州へ行くと寺院があって神社はない。

 これらもまた神道の実体を物がっているのである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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