2011年5月31日火曜日

この発見が、どんなに大きな大問題を解くか

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録19:9頁

大学院講義録18では、

シベリヤが日本語地名で充満して覆われている事実が、

しっかりご確認戴けた。

同時に、

殷代に東アジア全域に『干支圏』があり、

それが国土の範囲を表現していた史実も、

また九州から北海道に至る各地に、

同じ『干支圏』が実在していた事実もご覧いただいた。

今回はそれをさらに補足するものを挙げた上で、

この発見がどれほど大きな史学の大問題を解くか、

在来の『記・紀』観の誤りをどんなに正すか、指摘してご覧にいれよう。

我が国の考古学界では、産地の限定された石器が、

かなりの遠隔地にまで分布しているのに注目して、

当時、それらを運んだのは、それらの使用者自身ではなく、

それを運んで売り歩いた「商人」がいた証拠だと考え始めている。

しかし彼等がいう商人とは

「物を販売して生計を立てている人々」というだけの意味で、

それがどんな人だったか、まるで知らない。

しかし私たちはその「商人」が文字通り

商国の国民とおなじ人々=殷人」だったことに、

はっきり気付いている。

というより、

縄文時代から「商行為」をして生活することを知って、

それを大規模に実行していた人々=高度の科学知識をもち地球の大きさを知り、

それを活用して、

稲敷から2200kmきっかりの北緯36度線上に

殷・商の都を置いたほどの知性人たちで、

今の私たちに近い世界観をもち、

平気で遠隔地を往来していた人々だったことを知っている。

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