『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録18:10頁
申は西南西で真西ではないが、
インはまた南九州語では犬のことでもあるからイヌ=戌、
これは西北西を指し、2つは真西にある殷墟を挟む位置に並んでいる。
これでこれまで誰も考えたことのない殷の語源は、
このサルとイヌとのコントラストで、
南九州語の「戌と申」だったことがわかる。
『干支圏』の「戌と申」は殷の時代から実在していたのである。
すでにお話ししたように殷はその建国から、
貝貨幣を使った商行為で超大国になるまで、
台湾から琉球列島を本拠とした
高砂人=高族=カリエン人と切っても切れない関係にあった。
こうした遺物によって確認された歴史と、
常陸を聖地とするその信仰の在り方からみて、
商帝国を支配した殷人たちが、
縄文日本人の一族だったことは疑う余地がない。
彼らが高砂人の運ぶ宝貝を使って商行為を発展させ、
大帝国を建設したことも当然のことになる。
その国号の商が、現在に至るまで同じ行為を「商」、
それに従事する人々を「商人」と呼ばせているのである。
また商の日本読み「あきない」も「秋無い」に通じる。
殷は確かに冬の国・夫余と似た大陸牲気候のひどい華北平原にあって、
春が釆たと思うと夏、と思う間もなく、
あっという間にもう冬が来ているという地域である。
だから四季を知る日本列島の人たちは「秋無い」国と呼んだのだ。
こうして日本語は語彙を殖やしてきたのである。
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