2011年5月3日火曜日

「商」を「あきない」と読ませたもの

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録18:10頁

 申は西南西で真西ではないが、

 インはまた南九州語では犬のことでもあるからイヌ=戌、

 これは西北西を指し、2つは真西にある殷墟を挟む位置に並んでいる。

 これでこれまで誰も考えたことのない殷の語源は、

 このサルとイヌとのコントラストで、

 南九州語の「戌と申」だったことがわかる。

 『干支圏』の「戌と申」は殷の時代から実在していたのである。

 すでにお話ししたように殷はその建国から、

 貝貨幣を使った商行為で超大国になるまで、

 台湾から琉球列島を本拠とした

 高砂人=高族=カリエン人と切っても切れない関係にあった。

 こうした遺物によって確認された歴史と、

 常陸を聖地とするその信仰の在り方からみて、

 商帝国を支配した殷人たちが、

 縄文日本人の一族だったことは疑う余地がない。

 彼らが高砂人の運ぶ宝貝を使って商行為を発展させ、

 大帝国を建設したことも当然のことになる。

 その国号の商が、現在に至るまで同じ行為を「商」、

 それに従事する人々を「商人」と呼ばせているのである。

 また商の日本読み「あきない」も「秋無い」に通じる。

 殷は確かに冬の国・夫余と似た大陸牲気候のひどい華北平原にあって、

 春が釆たと思うと夏、と思う間もなく、

 あっという間にもう冬が来ているという地域である。

 だから四季を知る日本列島の人たちは「秋無い」国と呼んだのだ。

 こうして日本語は語彙を殖やしてきたのである。

 『ウバイド』
 GoogleWeb検索
 YahooWeb検索
 Google画像検索
 Yahoo画像検索

 言語復原史学会
 言語復原史学会

 『検索』
 GoogleWeb検索
 Google画像検索
 YahooWeb検索
 Yahoo画像検索

 『参考』
 歴史徒然
 ネット歴史塾
 ウワイト(倭人)ウバイド        
 オリエント歴史回廊(遷都)    
 古代史の画像 
 歴史学講座『創世』うらわ塾         
 
 翻訳と辞書
 リンクフリー〔UTF-8 対応版〕

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
 メソポタミア世界
 シュメル-人類最古の文明 
 The ETCSL project,Faculty of Oriental Studies, University of Oxford
コメントを投稿