2011年5月1日日曜日

実在していた「干支圏」

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録18:7~8頁

 その『干支圏』の詳細はどんなものだったのか?。

 それは下図のように配置されている。

 ネは子で子国はコマ。

 高麗=高句麗(コクラ)・小倉に。

 ウシは丑で大日(ウシ)(大隅語)、

 これはオカと読まれて岡(=福岡)、遠賀のあたり。

 トラは寅で当国(トラ)、これはトマ・ツマと読まれて宮崎県の妻。

 寅をエンと読んで遠賀が寅になった時代もある。

 ウの卯は東端で大がウ、北では大分・臼杵が合い、南では大崎・青島が合う。

 タツ・辰は辰巳ガ島の位置に種子ガ島があり、巳のミはその西に三島村がある。

 これから行くと午は、どうしても奄美大島になる。

 ここは大之国(ウシマ)=大国(ウマ)、大隅もやはり大国・ウマでもあった。 

 そこから見ると未・ヒツジの位置に枕崎市日之出(ヒツジ)町がある。

 申はサル、薩摩語ではサッともいうから薩摩。

 酉はトリ、川内市鳥追町や熊本市と八代市にある通町が合い、

 鳥をチョウと発音すると長島もその位置にある。

 戌はイヌ、犬ころをエノコロと発音するから吉野ガ里もエノガリで戌。

 ここは志賀島出土金印の「委奴国」だった可能性が高い。

 こうみてくると、

 それ相応の位置にだけ、干支相当の地名が残っているし、

 子を高句麗に、

 午を大島に置く大『干支圏』の遺物も分布している。



              根 高麗
          イノ  ネ コマ    オカ 岡・遠賀
          委奴国 子 子国   大日
          イ 亥      丑 ウシ
      吉野ガ里            宮崎県妻=當間
      エノ              當国=トマ
      イヌ 戌          寅 トラ
 熊本市通町                  大分
 八代市通町                  臼杵
 長島 トリ 酉              卯 ウ
 川内市鳥追町                 大崎
      薩摩            辰巳ガ島 種子ガ島
      サッ            タツ
      サル 申          辰
      枕崎市日之出町      三島
         ヒツジ 未   巳 ミ
              午 ウマ
                大国=大之囲=奄美大島

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