2011年1月1日土曜日

五瀬命の複数のモデル実在が語るもの

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:22頁

しかし五瀬の命のモデルは倭王・興一人ではない。

それは拙著

『卑弥呼を攻めた神武天皇』に詳しく書いておいたが、

遠征して兄が戦死した事件は、

神武東征記事の芯になった位宮の、

卑弥呼政権打倒の戦いもそれで、

それを裏返しに見た

崇神天皇紀の武埴安彦の乱の戦死者は、

大隅語で

「武埴・タケチ=高津=高族、安・アン=兄、彦・ピコ」が

正確な読み方だから、

『魏書倭人章』が記録した

「狗右制卑拘・コウジャイピコウ=高津・兄・彦への当て字」で、

拘奴国王その人であり、

位宮の兄である。

間違いなく

神武天皇の兄・五瀬の命=イザナギの位置にいる。

だから狗奴王は女王には属さなくても

血統は同じだったことも同時に証明しているから、

神武東征は五瀬の命に至るまで

複数のモデルが複合していることがわかる。

それを不明にしたのは、

イザナギが世襲で実は複数のイザナギが居るのを一人と誤解して、

個人名のように扱った

『記・紀』編集者に罪があるが、

天皇たちの名乗りを、

個人名として教えてきた学者たちの罪はさらに重い。

そのために日本人は永いあいだ、

世界の人々の眼に低級で恐ろしい

非文明人としか映らなかったからである。

日本人はもちろん世界の人たちが、

一日も早く、

この私たちの発見した真実の歴史を、

ごく日常の常識にしてほしいと願うのは、

皆さんもご一緒だと思う。

会員の皆さんのご尽力がどんなに尊いか!

ご実行を祈るのみだ。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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