『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:29頁
私たちは、
熊本県の天草地方が、
応神天皇系の地名を多く残していることを知っている。
品陀真若や誉田別といった名乗りは、
ギリシャの海神・ポントスを固有名にしたものであり、
今、
天草の首都の名として使われている
「本渡(ほんど)」も、
やはりその当て字の1つだからである。
また出水からそこへ行くコースには、
津奈木(つなぎ)、
御所の浦、
栖本(すもと)という地名が並んでいて、
淡路島の津名と洲本に対応し、
淡路島を基地にして近畿を制覇し、
大和朝廷を樹立した倭の五王たちが、
ポントス=応神天皇一族だったことを、
徹底的に立証し尽くしているのだった。
その淡路島(アフロジマ)という名もまた、
海から生まれた美の女神・アプロディテに対する当て字で、
ギリシャ神話の知識さえあれば、
彼らの出身は迷わずにわかる。
台湾のギリシャ人が
沖縄⇒種子島⇒大隅⇒出水⇒天草⇒宇佐⇒四国⇒淡路島⇒紀伊⇒和泉⇒河内⇒大和と、
拡大移動を続けて、
ついに大和朝廷を確立した。
これがわかると倭の五王の名乗りには、
倭のあと1番目に、
なぜ「百済」が来るのか始めて理解できる。
それを朝鮮半島だけにあった独立国だと錯覚していては、
この国名のナゾは絶対に解けない。
5世紀の半島百済(パクチェ)は小植民地に過ぎず、
7世紀の本国は
大阪市の十三(じゅうそ)と中津にあった。
登美(トミ)能那賀須(ナカヅ)泥毘古はその名乗りだ。
これらを知らずに日本の古代史を語る資格があるか?、
答は申し上げるまでもないと思う。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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