2011年1月9日日曜日

紀元前660年の建国は真実だった

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:30頁

「発音は地域で変わる」、

「漢字は色々に読める」という常識を考慮に入れさえすれば、

こんなに鮮やかに史実が再現し、

復元できるのである。

だから五王が名乗った百済の国は、

それもまた移動し拡大を続けて、

文字は同じでも中身も発音も別々だったのである。

それは台湾を出発点にして5世紀には奈良に到り、

京都に移り、東京に遷都して現代に至った。

ギリシャ人が東洋に入ったのは、

アレクサンドロスのインド東征が最初だと考えている人が多いが、

紀元前6世紀以前に書かれた

『ホメロス序章』には、

マレーから

「日の大神の国タイナロン=臺国(タイナ)ロン」という名で

台湾の語源になった国名まで、

多くの地名が、

それぞれ正確な位置に書かれていて、

古代ギリシャ人が台湾をよく知っており、

実際に往来して得た知識だったことを、

拙著『誰が巨大古墳を造ったのか』p・64以下に、

詳しく書いておいた。

このことでも古代ギリシャ人が我が国に来ていたことは疑えない。

しかもその人たちが、

応神天皇という

「真の大和朝廷の皇祖」と確認できた人を出したのである。

紀元前12世紀まで続いた

殷帝国が、

稲敷人が中国まで移住して建てた国だったのだから、

『日本書紀』が

我が国の建国を紀元前660年だと書くのは

このギリシャ王朝の建国で、

それには高度の文明による真実の根拠があったのであり、

決して出鱈目な誇張ではないのだ、

『参考』

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