2011年1月27日木曜日

なぜか?全員、南九州地名を名乗る反正天皇

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録15:18頁

反正天皇の名乗りがタジヒと書かれているのは、

種子島⇒田尻⇒但馬と変化した当て字が示すように、

種子島系だと語るが、

全国に田尻が大量に分布していて、

特定するには慎重なデータ分析が必要だと、

本講で田尻のリストをご覧に入れてご説明した。

この天皇の皇妃・皇子女の名は何を語るのだろう?。

『古事記』は、

都怒(ツナ)郎女皇后が甲斐郎女と都夫良(ツブラ)郎女を、

弟比売が財王と多訶弁郎女を、

『日本書紀』は、

津野媛皇后が香火姫皇女と圓皇女を、

弟媛が財皇女と高部皇子を生んだ、と記録している。

財はタカラで高国(ラ)、

多訶弁はタカベンで高部(べ)ン、

宝島はトカラ列島にあるから同じ名乗りだ。

するとこれは4人ではなく1人の名乗りで、

全部同じ名が姿を変えただけのものだとわかる。

都夫良は間違いなくトカラで、

当て字は都火良が正しいのである。

また、この天皇の名はミズハワケだから、

水派別と当て字すると、

ミズハの他にミナマタとも読める。

語源は熊本県の水俣(みなまた)市にあった可能性が大きい。

しかし仁徳天皇の皇子だから、

その生活圏は四国以東のはずで、

その皇女がトカラ列島の領主になるわけはない。

ではツブラの方が正しいかというと、

あるのは津村ていどで、

トカラのような広域の領地名ではなく名乗りになりそうもない。

それなのに家族全部、


揃いも揃って南九州の地名が並んでいる。

これは何故なのだろう?。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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歴史学講座『創世』
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