2010年12月31日金曜日

金波鎮漢紀武のナゾは八咫烏が解く

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:21頁

でも、允恭天皇を倒した金波鎮漢紀武は、

本当の実在者なのか?。

名を分析してみよう。

金はキン。

波鎮はハチン。

漢紀はカンキ。

武はタケシと読もう。

キンは、

南九州語とみると

「キの」で「紀伊(キ)の」という名乗りに合う。

紀伊は興が五瀬の命として死んだところだから、

そのとき弟の神武=武は紀伊の領主だった。

金・キンは、それに完全によく合っている。

波鎮は新羅の官名か称号だとする説もあったが、

武は応神天皇=大隅八幡を始祖にもち、

仁徳の出発点が宇佐八幡。

自分も八幡徒=ヤマト朝廷を

大和に始めて導いた雄略天皇なのだから、

波鎮はハチンでなく、

ハチマンへの、まずい当て字だと断定していい。

カンキも本当は「韓木」が元の当て字だったとみると、

その発音はカラコ。

その元の字は「韓子」が妥当だから、

それはカラスとも読めるので鳥の「烏」、

大雀や木莵(ミミヅク)の名をもった一族の名の1つである。

八幡をヤハタと読めば「ヤハタガラス」。

紀伊から大和へ神武軍を先導した有名な

「八咫=ヤアタ、鳥=ガラス」という名が完成するが、

この八咫烏は京都の賀茂御祖(みおや)神社に、

賀茂建角身(タケツノミ)の命として祭られている。

「建=武=高市・の・身」だ。

身はミともシンとも読めるから

「臣」に換えると高市の臣、

タケチノシンかタケチノオミで両方とも意味は同じだ。

即位前の武=雄略天皇自身の名乗りになるのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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