2010年12月21日火曜日

神武天皇の名乗りの当て字が語る『記・紀』の暗闘

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:11頁

では『古事記』筆者は、

なぜそんな誤りを犯したのか?。

それは伊波札毘古という、

その当て字が説明してくれている。

それは

「伊=倭」

「波札=巴利=原=首都」

「毘古=王」で、

やはり天皇・大王を意味しているが、

『古事記』は『日本書紀』が

「日本」と書くところを、

全て「倭」と書く『反日本・文書』である。

だから磐・石の頭音・イを倭として活かして、

首都の意味で卑弥呼仏教の都・巴利をば、

わざわざ特記したのである。

「イ国の首都ハリ=イハリ」と

読むように伊波札と当て字したのだ。

これは佐賀県の伊万里も同じである。

この対抗意識は『古事記』筆者だけではない。

『日本書紀』筆者も「石余」だったものを、

わざわざ「磐余」と書いている。

「余」は「アマリ」の語尾使用で「リ」なのだが、

それを磐=ハンの頑音使用で「ハ」と読ませ、

「余」をヤユヨ行に読ませて

「ハヤ=隼人」の王にして、

磐の字で、

伊のもつ倭の存在を、

完全に消し去ることに成功しているのである。

だから、『記・紀』双方の筆者は、

どちらも真実をよく知っていたのである。

決して迂闊(うかつ)に誤りを犯したのではない。

大論争をする代わりに、

自分の主張を一字一字の文字使いにまで気を配って、

こちらが正当であり正統なのだと、

読者に訴えようとしたのだ。

このことがわからずに

『記・紀』を双方とも『正史』だとするのは、

余りにも無知丸出しなのである。

『参考』

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