2010年12月9日木曜日

神道の実態と卑弥呼政権崩壊

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:29頁


神道は守護神崇拝で、

祭神は功績のあった故人、

原則として神像を作らない。

これは繹迦本来の仏教の教えが強く加味されている証拠。

古墳は神社と同じ。

当人を葬った墓もあれば、

神社として崇拝するために建設したものもある。

だから全国の八幡社などは古墳に代わるもの。

私たちは今もなお古墳時代の延長線上にあるのである。

仏教は殺生を嫌う。

だから漁業に従事する海人たちは仏教徒にはなれなかった。

ところが魚の名に自分たちの名をつけるイオ(魚)ニヤ人で、

ゼウスの巫女だった海人族の卑弥呼は、

ソナカ=蘇那曷叱智=仲哀天皇に迫られて、

その仏教の尼寺主(アマテラス)女王になった。

しかし漁業はともかく戦争は、国を守る基本である。

魏の侵略に敗れた位宮は、

倭国外の拘奴国王として立ちながら、

それでも同族として倭国連邦に武装を勧めた。

卑弥呼は仏教に忠実であろうとして、

魏との親善で侵略を防ごうとして親魏倭王の地位を得たから、

老いの一徹で位宮案をはねつけた。

だが高句麗滅亡と三国争覇の現実を見てきた武将・位宮は同志を募って

卑弥呼政権打倒の狼火(のろし)を挙げた。

これが卑弥呼が死ぬ直前の大乱だったのである。

鬼道=仏教の尼女王・卑弥呼の、

こうした立場がわからなければ、

卑弥呼政権がなぜ崩壊したのか、

史実『魏書倭人章』記録の、

最大の核心さえ理解することはできない。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト
コメントを投稿