『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:6頁
古墳時代にメートル法と同じ尺度で、
世界最大の古墳をつくり、
それを110kmもの距離に、
直線上に配置することができたのが私たちの先祖なのである。
しかもその測量は
3000年前の中国・殷(イン)の開国時に
すでに正確に北緯36度線を測定して、
その線上に出発点の茨城県稲敷(イナシキ)郡を置き、
そこから真西に2200kmきっかりの
地点=中国華北平原の中央・安陽(アンヤン)(殷墟)に
都を築いている。
『日本神話』が幼稚だと笑う欧米の人たちに、
私たちの先祖がもっていた文明がどんなに高いものだったか、
真実の歴史を教えたいと思うのは間違いだろうか?。
本題にもどって、
仁徳天皇の皇后・磐之日売は石之女=イサナミ。
だから
仁徳はオー=倭、サザ=石、キ=王が本名。
やはり「壹與と伊声耆」同様。
女王と天皇。
女王=梵天(プラフマ)、天皇=クシャトリアで、
これは
卑弥呼と男弟の彦五十狭芹(イッサのキン)彦=戦さの君(いっさんきん)とも
完全に同じだ。
こうみると壹與の発音イェッジョーは、
伊勢津女王でもあったこともわかる。
伊勢=石、津=ナ、女=ミだから、
伊声耆はイザナギで夫だということになる。
邪馬壹国の最高首脳が、
やはり代々、
伊弉諾・伊弉冉という「名乗り」をもっていたことは、
これで疑いなくなる。
すると最高官の伊支馬も個人名でなく、
沖縄発音の「石」に国称の「マ=国」=石国(イナマ)王で、
肩書きだけを、
地位職務を意味する官名として、
区別して報告したものだったこともわかる。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
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