2010年12月16日木曜日

研究すれば細部まで続み解ける『魏書倭人章』

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:6頁

古墳時代にメートル法と同じ尺度で、

世界最大の古墳をつくり、

それを110kmもの距離に、

直線上に配置することができたのが私たちの先祖なのである。

しかもその測量は

3000年前の中国・殷(イン)の開国時に

すでに正確に北緯36度線を測定して、

その線上に出発点の茨城県稲敷(イナシキ)郡を置き、

そこから真西に2200kmきっかりの

地点=中国華北平原の中央・安陽(アンヤン)(殷墟)に

都を築いている。

『日本神話』が幼稚だと笑う欧米の人たちに、

私たちの先祖がもっていた文明がどんなに高いものだったか、

真実の歴史を教えたいと思うのは間違いだろうか?。

本題にもどって、

仁徳天皇の皇后・磐之日売は石之女=イサナミ。

だから

仁徳はオー=倭、サザ=石、キ=王が本名。

やはり「壹與と伊声耆」同様。

女王と天皇。

女王=梵天(プラフマ)、天皇=クシャトリアで、

これは

卑弥呼と男弟の彦五十狭芹(イッサのキン)彦=戦さの君(いっさんきん)とも

完全に同じだ。

こうみると壹與の発音イェッジョーは、

伊勢津女王でもあったこともわかる。

伊勢=石、津=ナ、女=ミだから、

伊声耆はイザナギで夫だということになる。

邪馬壹国の最高首脳が、

やはり代々、

伊弉諾・伊弉冉という「名乗り」をもっていたことは、

これで疑いなくなる。

すると最高官の伊支馬も個人名でなく、

沖縄発音の「石」に国称の「マ=国」=石国(イナマ)王で、

肩書きだけを、

地位職務を意味する官名として、

区別して報告したものだったこともわかる。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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