2010年12月25日土曜日

血沼の語源説話はコジつけでも、語源は倭王・珍

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録14:15頁

珍が占領して初めてチヌという地名や、

紀伊という国名が生まれたのであって、

それ以前には、そんな地名はなかった。

とすれば

「血を洗ったからチヌの海という名が生まれた」というのは、

地名の由来をムリに説明して見せようという、

見栄から生まれたコジつけだが、

その名が確かに付いているのは事実だから、

命名のきっかけを作った五瀬の命とは、

確かにイザナギの一人である倭王・珍、

すなわち、この木の国・紀伊に本当に攻めこんで、

それを所領に加えた、

固有名に「チヌ・キノ=珍」をもつ

倭の五王の2代目以外にはない。

彼は

仁徳皇弟・菟道稚郎子(ウチヌワカイラッコ)(紀)・

宇遅能若郎子(ウチノワカイラッコ)(記)で、

宇(ウ)=倭(オオ)。

チヌ=茅沼。

ワカ=和歌山。

郎子=皇子という名乗りが、

その地位の実態をよく表現している通りである。

父・応神天皇が彼を溺愛して、

彼に皇位を譲るために皇太子にしたと特記されているから、

名乗りの記録は失われていても、

彼が「御所の陛下=伊弉諾尊」だったことは間違いない。

だが沖縄発音のチヌは南九州発音の「ツナ」、

関西発音の「キノ」で紀伊(キ)の国まで取っているが、

その北の和泉は

「イズミ=倭済」すなわち

倭王・済になってからの領土。

その北の河内はまた、

倭王・興になってからの領土で、

ここでそれらの領土は、

高句麗長寿王=敏達天皇に奪われてしまい。

高句麗系の允恭天皇が君臨したこともわかっている。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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