2014年3月2日日曜日

漢書の海洋交易網(2)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:528頁

 第十章 天毒とセリカ

 漢書の海洋交易網(2)

  その海路の解説部分を東洋文庫の

 「漢書食貨・地理・溝洫志」から転載するが、

 合浦及び條聞は広東省の雪州半島の港で、

 儋耳と珠崖は海南島の港町(郡名)である。

 海南島も紀元前111年に漢によって属州とされた。

  合浦や徐開から南に海に出ると大きな州に出会う。

  東西南北一辺が千里もあり、武帝の元封元年、

  攻略して儋耳と珠崖両郡とした。

  住民は大風呂敷のような一枚の布を身につけ、

  真中に穴を開けてそこから頭を出す。
 
  男子は農耕を行い、禾稲や紵麻を種え、

  女は蚕を飼って機を織る。(中略)

  元帝の時代当々此処を放棄した。

   日南部の障塞や徐開、合浦から五ヶ月ばかり行くと

  都元国がある。

  また船で四ヶ月ほどで邑盧没国があり、

  さらに二十日余りで諸離国がある。

  そこから陸路十日余りで夫甘都盧国に達する。

  夫甘都盧国から船で二ヶ月以上行くと黄支国で、

  住民の習俗は珠崖とほぼ似通っている。

 《参考文献》

 RAC、レジュメ
 漢書食貨・地理・溝洫志

 前近代におけるアジア認識

 アジアに関する古代西欧世界の知識

 •プトレマイオス
   (Ptolemaeus/Ptolemy)
    「地理誌」(Geographia) (2世紀)
    「黄金半島」「黄金の島」の記述あり
 •アレクサンドリアで活躍した数学者,天文・占星学者,地理学者
 •ラテン名 Ptolemaeus Claudius
 •英語読みはトレミー Ptolemy
 •127‐141年にアレクサンドリアで天体観測をした
 •当時としては最高の地理的知識を集大成したもの
 •8世紀にはイスラム世界に導入される
 •15世紀初頭にアンゲルスにより
  ラテン語訳、《コスモグラフィア(宇宙誌)》
 •後世の地図学に大きな影響を与えた

 黄金半島の記述
 和訳
 •黄金半島においては、
 •タコーラ:商業港
 •この町から先に伸びた半島・岬
 •クリュソアナス河の河口
 •サバラ:商業港
 •パランダス河の河口
 •マレウコロン岬
 •アッタバス河の河口
 •コレの町
 •ペリムラ
 •ペリムリコス湾

 黄金半島の地図(1508年)
 黄金半島はマレー半島、黄金の島はスマトラ島と考えられる

 •東南アジアに関する古代インドの知識
  suvarnadvipa
  suvarnabhumi
    suvarna:黄金のdvipa  :島、半島
    bhumi :土地

 •東南アジアに関する古代中国の知識
 •「漢書」地理志(1世紀)
  日南(ベトナム中部)~黄支国(南インドのコーチン)へ至る
  通商路が記されている

 「漢書」地理誌(1世紀)
  日南、障塞の徐聞・合浦より船行すること
  五月ばかりにして都元国有り。
  又、船行すること四月にして邑盧没国有り。
  又、船行すること二十余日にして湛離国有り。
  歩行すること十余日にして夫甘都盧国あり。
  夫甘都盧国より船行すること二月余にして黄支国有り。
  民俗はほぼ珠涯と相類す。
  その州は広大にして戸口は多し。
  異物多し。
  武帝より以来皆献見す。
  訳長有りて黄門に属す。応募する者とともに海に入る。
  (中略)
  蛮夷の賈船、転送してこれを致す。
  亦た、交易に利あらば、人を剽殺す。
  又、風波に逢いて苦しみ、溺死す。
  しからさる者は数年にして来り還る。
 •「漢書」地理誌
  地名の比定
 •日南      :ベトナム北~中部
 •都元国     :不明
 •邑盧没国    :不明
 •湛離国     :チャオプラヤー下流?
 •夫甘都盧国   :テナセリム?
 •黄支国     :南インド

 •東洋と西洋
 •東洋  (中洋)  西洋、   
 •南洋   VS   北洋
 •東洋針路、 西洋針路、 
 •大西洋
 •南海
 「東洋」と「西洋」
 中国に於ける「東洋」「西洋」「南洋」「北洋」
 •北洋:上海以北の東支那海と黄海
 •南洋:浙江省以南の沿海地域とそれに連なる外国
 •東洋:台湾、日本、フィリン群島、インドネシア東部、ボルネオ島北部
 •西洋:インドシナ半島、タイ、マレー半島、インドネシア西部、インド
 
 「東西洋考」文莱の条
 中国語における用法
 •「東洋車」、「洋車」(ヤンチョー)
 •「東洋音楽」(現代)
 •「北洋総督」(清代)
 •「北洋汽水」(現代)
 •「南洋巡撫」(清代)
 •「鄭和下西洋」(明代)
 鄭和下西洋
 鄭和の大航海
 •鄭和は明朝第三代皇帝永楽帝の命を受けて、
  1405年から1433年まで7回にわたって南海遠征を行った
 •訪問先は東南アジア、インド沿岸はもとより、
  遠くアラビア半島やアフリカ東海岸に及んだ
 •これはコロンブスのアメリカ到達より約1世紀も前のことである

 三宝太監鄭和と永楽帝

 鄭和航海図、瀛涯勝覧と星槎勝覧

 東南アジアに関するアラブ世界の知識
 イスラム世界の航海
 イスラム教の伝播にともない、インド洋各地にこのような船が航海し、
 商業貿易活動を行うとともに、イスラム教の布教を行った
 ダウ船は現在でもインド洋の貿易に使われている
 アストロラーベが8世紀頃から使われるようになった

 学問の発達
 イスラム教の中国伝播
 アラブの地理書に見られる
 東南アジアの地名
 •زابج (zabaj)      ジャワ、スマトラ?
 •كلاه   (kalah)  ケダー、マレー半島
 •قاقلاة  (qaqullah) マレー半島中部?
 •صنفين(sanfIn)   マレー半島北部?
 •تيومة (tiyumah)  ティオマン島

 おもなアラブ史料
 
 •‘Akhbar as-sin wa’l- Hind
 (シナとインドの物語) 851年
 •Ibn Khurdadhbih 844-8
    Kitab al-masalik wa’l-mamalik
  (諸国と道のりの書)
  イラクのサマラの郵便局長の時、
  カリフ・アル・ムウタミドに委嘱されて執筆
 •Ya’qubi875-80頃
  アッバス朝の一族、ホラーサン在住、シーア派
  世界の始まりからアッバス朝までの通史を執筆
 •Abu Zaid 10世紀初め
  ペルシア湾の港町シーラーフ在住
  東方から来る商人たちから話を聞いて
  「シナとインドの物語」の改訂版を執筆
 •Abu Dulaf 940年頃
  サーマーン朝治下のブハラ在住、使節として中国を訪問
 •Mas’udi 943年、バグダード生まれ
  Kitab muruj al-dhahab(黄金の牧場)
  一種の百科事典
 •千夜一夜物語
  著者は不明、多くの異本あり
 •Buzurg b. ShaharIya ramhurmuz
   ‘ajaib al-hind(インドの驚異)
  7世紀から13世紀まで各説あり
 •Idrisi 1154年、モロッコ出身
   kitab nuzhat al-mushtak fI ikhtirak al-afak
  (世界を旅行せんとする人々のための喜びの書)、
  シチリア島で執筆
 •Yaqut 1224年
  Mu’jam al-buldan(道里記)
   地理書、先行する書の集大成
 •Biruni 1030年頃
  百科全書的な書
 •Abu’ l-fidah 1273-1331年
  エジプト生まれ、Taqwim al-buldanは百科全書

 西欧世界との接触
 •マルコ・ポーロ
 •プラノ・カルピニ
 •フランシスコ・ルブルクなど
 マルコポーロ
 1254-1324
 マルコポーロ「東方見聞録」 青木富太郎訳、現代教養文庫656、昭和44年
 1270年代末:中国の元朝を訪れた帰路はイランを縦断
 1295年黒海経由ベネチアに帰還
 26年間の東方大旅行
 帰国後、1298年,貿易上の競合関係にジェノバとの間の戦争に従軍、
 海戦に敗れてジェノバの獄に
 同室の囚人ピサの物語作者ルスチケロに旅行内容を口述

 《マルコ・ポーロ旅行記》(《東方見聞録》)の祖本
 中世人の平面的東西世界を,
 北回りの陸路と南回りの海路で周回した最初の体験を記録に残した。

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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