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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:530頁
第十章 天毒とセリカ
漢書の海洋交易網(4)
(1)都元国(日南郡、徐開、合浦から海路五ヶ月ばかり)
シンハラ国(現スリランカ)の港 Dehiwala と考えられる。
サンスクリット語名の Tamaraparna 、
ギリシャ語名で Taprobanes として知られた。
(2)邑盧没国:ユウロボッコク(都元国から船で四ヶ月ほど)
インド亜大陸西海岸、古代名 surparka (港町)に比定される。
sur は美称で、パラカに対応するが、
現在のムンバイ、かってのボンベイと謂われた市近くの港
Alibog がその遺称とみられる。
(3)湛離国:シンリコク(邑盧没国より船で二十日あまり)
surat のことで、紀元2世紀頃は sura-shila と呼ばれた。
湛離は shila の音写と考える。
《参考文献》
前近代におけるアジア認識
RAC、レジュメ
『東南アジアに関する古代中国の知識』
「漢書」地理志(1世紀)
日南(ベトナム中部)~黄支国(南インドのコーチン)へ至る
通商路が記されている
日南、障塞の徐聞・合浦より船行すること
五月ばかりにして都元国有り。
又、船行すること四月にして邑盧没国有り。
又、船行すること二十余日にして湛離国有り。
歩行すること十余日にして夫甘都盧国あり。
夫甘都盧国より船行すること二月余にして黄支国有り。
民俗はほぼ珠涯と相類す。
その州は広大にして戸口は多し。
異物多し。
武帝より以来皆献見す。
訳長有りて黄門に属す。応募する者とともに海に入る。
(中略)
蛮夷の賈船、転送してこれを致す。
亦た、交易に利あらば、人を剽殺す。
又、風波に逢いて苦しみ、溺死す。
しからさる者
「漢書」地理誌地名の比定
日南 :ベトナム北~中部
都元国 :シンハラ国(現スリランカ)の港 Dehiwala と考えられる。
邑盧没国 :インド亜大陸西海岸ムンバイ付近
湛離国 :Surat(紀元2世紀頃は sura-shila と呼ばれた。)
夫甘都盧国:ペルシャのぺルチア王国の首都 Hecatompylos
黄支国 :Antakya を指す。
紀元2世紀当時ローマ帝国の支配化にあった
Antiochiya
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
アルパチア遺跡出土の碗形土器
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
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