2014年3月8日土曜日

インドの海洋交易商人(3)


 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:535頁

 第十章 天毒とセリカ

 インドの海洋交易商人(3)

  インドの商人たちが海路東アジアに向かって

 中国へも活動の範囲を拡げていたことを明らかにする必要がある。

 それは「ミリンダ王の問い」と訳されている

 Milinda parha で、

 その第2編第9章に次のような節句がみられる。

 東洋文庫の同名書から転載する。

  大王よ、たとえば、

  港において<貿易の>利得をうる富裕の船主が、

  大海に乗り出して、

  ヴァンガ(ガンジス河下流)、

  タッコーラ(北アルコット地方)、

  チーナ(支那)、

  ソーヴィーラ、

  スラッタ(カーティヤーワール半島)、

  アラサンダ(アレクサンドリア)、

  コーラ(コロマンデル)湾、

  スヴァンナ・プーミ(金地国、ビルマ沿岸地方)へ行き、

  また、船の航行するところはどこにでも行くごとく、

  大王よ、

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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