2014年3月16日日曜日

絹の産地(4)

 
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:544頁

 第十章 天毒とセリカ

 絹の産地(4) 

 (1)書経「禹貢」

  以上禹貢に現れる絹に係わる記載を纏めた。

 その特徴は、

 絹製品の産地が全て東方の地域で

 海岸に面しているということである。

 漢書地理志の「粤(えつ)国」には儋耳・珠厓

 漢書地理志の「粤(えつ)国」には儋耳・珠厓(海南島)でも

 「女は蚕を飼って機を織る」とある。

 因みに蜀の地四川盆地は「禹貢」が編まれるた周の時代には

 九州の内に属していない。

 ここでは詳しく述べる余地はないが、

 絹の産地は全ては倭族のいた地域である。

 揚州及び海南島は越(粤)族で、

 彼等の伝承では蜀を祖地としている。

 兗州・青洲・徐州の地は漢民族が東夷と呼んだ

 莱夷、菖夷、奄夷、郯夷、徐夷、准夷の地であり、

 彼等はまた倭族であった。

 つまり、倭族は絹、養蚕の技術を持った

 集団と考えられるのである。

 既に述べたように青洲、兗州の地からは

 四川省成都周辺と同様に西王母の石碑が多く見つかっている。

 倭族は史書にいう夏の時代、或いはそれ以前から

 絹ばかりでなく稲の技術も共にそなえて

 四川盆地から東方の平原へと進出して来たものと推測される。

 四川盆地の豊かな米の生産力が

 人口の拡大を促し揚子江を下って

 彼等の拡大を帰したとみられる。

 《Key Word》

 西王母の石碑


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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