2014年3月18日火曜日

絹の産地(8)


 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:548頁

 第十章 天毒とセリカ

 絹の産地(8)  

 以上の記録のうちには、

 それ以前の史書を転載している例もあるが、

 そのまま上げてある。

 これによって解かるように

 紀元前より韓半島の南部及び倭の地では

 絹が生産されていたことを示している。

 ここで注目しておきたいのは「韓」は

 現在 khan と読むことで統一されているが、

 古代においては chan であり、

 漢語の蠶ないし蚕が can <チャン>と訓じられることで、

 その国名の起こりが「蠶」にあったと推測される。

  また、日本の古代についても、

 養蚕技術の発達が遅かったと考える識者が

 考古学的見地から多いが、

 決してそうではなく、

 紀元前には倭族が渡来した際には

 稲作技術と共にもたらされたと考えられる。

 しかも、その伝来経路は韓半島経由ではなく、

 漢大陸から沖縄方面を経た移住者たちに依る。

 養蚕は高句麗には紀元前には

 育っていなかった状況を史書によってみた。

 その状況は稲作も同様で、

 南方より、といっても
 
 揚子江から山東半島にいた倭族の一部が海を渡って
 
 韓半島南端や九州方面に定住したのである。

 『参考』
 前人未到の道を行く - 邪馬台国・奇跡の解法 - Gooブログ

 古代史獺祭


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』
 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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