2012年8月27日月曜日

稲田姫の両親の名乗りは完璧にウバイド王家のもの



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:6頁

 《稲田姫の両親の名乗りは完璧にウバイド王家のもの

 「稲田姫の両親の名乗りは完璧にウバイド王家のもの

 インダスに語源のある稲田姫の記事は、

 『日本書紀』には本文と「一書」が5つあるが、

 その中で一番詳しい「一書3」には、次の名詞が書かれている。

 (地名) 安芸 可愛     (名乗り)  (父)脚摩手摩

                       (母)稲田宮主簀狭八箇王

                       (娘)眞髪觸奇稲田姫

 (地名) 尾張 吾湯市 熱田 (剣の名)     虵麁正=草薙劒

 この母の名をよく見ると、それは明瞭に、次の通りの「名乗り」だと理解できる。

 稲田 インダ(ス) 宮主 キシュ 簀狭 スサ 八箇耳 ヤツカキ 八束(郡)王

 父に比べて大量の大国名を並べているのは、

 母が女帝だったことを記録している。

 最後の「八箇耳 ヤツカ・キ」だけが出雲の名なのは、

 現住する都が八束で、その耳(ミミ・キ=弥弥=王」だという、

 名乗りの様式に正しく合っている。(また八はハティとも読める)。

 父の名乗り脚摩はアシマ=葦国。

 手摩はシュマ国(ラ)=薩摩語のスメラで、

 彼はスメラギだったのである。

 安芸と尾張は共に上井で、ウワイ=ウバイ(ド)。

 吾湯市はゴドウイチで大隅語でグデイッ。

 熱田は阿多・吾田と同じでアダ(ド)と、

 ウバイドの8~9カ国が揃っている。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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 《参考》
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