2012年8月5日日曜日

本来のスメルの主人はウバイド



『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録31:16頁

本来のスメルの主人はウバイド

本来のスメルの主人はウバイド

次は従来シュメルと呼ばれた地域に住んでいた太古の人々の、

その歴史を知らなくては済まない。

判っていることは彼等は今から約5500年前のB.C.E.3500年頃に、

メソポタミヤのチグリス、ユーフラテス両大河下流域に移動してきた

未開の遊牧民で、

そこにはウバイド=Uvaidと呼ばれた先住民がいた。

彼等は住居地の中央に神を集る聖域を作り、

その周囲で世界最初の灌漑農業を営なみ、

水田式農耕を考案した。

この地方を含むアラビヤからイランにかけての地域は、

出土した動植物の遺骸などによって、

2万年前ごろから乾燥期に入ったことがわかっているので、

次第に森林が消えて、

それまでの主食だったドングリなどの果実が得られなくなると

野草とその種子がそれに代わり、

草食獣を飼って生活する牧畜か生まれ、

栽培植物を乾燥から守る灌水技術を発明した結果、

河川や湖沼近くに移した彼等の居住地域=水量豊な

チグリス、ユーフラテス両大河下流域は、

人類にとって空前の宝庫になり、

弓形をしたその周辺地域は、

今も『肥沃な三日月地帯』と呼ばれている。

そこへ他から暴力で勝る人々がやってきて、

支配権をふるい、

富を蓄積して強大になり、

次々に都市国家を造り、

粘土版に彼等の文字で記録を残したから、

彼等はこれまで知られている範囲では、

人類最古の文明人たちだとされてきた。

これがいわゆるシュメルなのだ。

『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』 
『言語復原史学会:画像』

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