2012年8月7日火曜日

今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録31:19頁

 《今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意

 「今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意

 ついでだから

 「原っぱ」の語尾にわざわざ

 「っぱ」をつけて使っているのは、

 何を意味しているのか解明しておこう。

 これに類した言葉は

 菜っ葉、

 木葉(こっぱ)、

 小童っぱ、

 河童、

 酸っぱ、

 などと多いが、

 目的は「軽くあしらうこと」であって、

 一種の軽蔑が込められている。

 洒落(しゃれ)言葉に属するから、

 お笑いタレントが使う駄洒落の仲間である。

 似た言葉や名詞を流用して相手を笑わせようとする駄洒落、

 「ニューヨーク(入浴=銭湯)に行ってきた」

 「美濃尾張(身の終り)」

 「オ奈良」などの古い遺物で、

 ご覧のように地名が圧倒的に多い。

 これは<ハラッパ>という地名がよく知られていた時代に、

 威圧を感じる政治を連想する首都の「原」を、

 軽くあしらう駄洒落として生まれたものが、

 今では単なる単語として使われているものだということになるし、

 さらに深く考えると、

 首都を意味する「ハラ」そのものが、

 このハラッパ起源だった可能性もある。

 何故インドの地名が熟知されていたのか?。

 それはこのハラッパ文化の生みの親ウバイドの名が、

 より強力な歴史文化財だからだと考えていい。

 ウバイドが住みついたインダスは後に仏教が栄えた地域である。

 そこにウバイ(優婆畏)、

 と呼ばれた女性仏教徒集団があった。

 我が国で卑弥呼が君臨した

 倭人(ウワイト)とはこの

 スメルからインダスへ、

 そして我が国へとやって来たウバイドへの当て字だったのである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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